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山象流コラム/これからのダンスパーティを考える
ダンスパーティの方向性
更新
2003/04/29
 

このコーナーは完結していないので、あとで少し軌道修正することになると思います。 それと、あまりに文章がギコチナイので「修正ヲ要スル」扱い。 下書きだと思ってください。

 
 ■ ダンスパーティ の 2つの方向性

これからのダンス環境に関して、ダンサーの数が(実質的に)無限に存在する都会と、 ダンサーの数が有限(その気になれば、一定年齢以下のダンサー全員の名前をリストアップ出来る) 地方都市で、同じ考え方をしていたのでは、いつまでたっても未来はないような気がする。

ダンスパーティも2つの方向性を持つべきだと思う。

一つは、高齢者主体の「健康的に楽しく、社交を第一としたパーティ」
もう一つは、「技術的な興味を開拓する方向に進化した(それを楽しむ)パーティ」

全国的にみて、ダンスパーティは、この2つの方向性に向かって、別れていくような気がするし、 実際に、2つの方向のいずれかに向かって進んでいるはずである。

そもそも、この2つは、曲の選び方が違います。

「健康的に楽しく、社交を第一としたパーティ」では、須藤久雄さんの「レッツダンス・歌謡曲編」 や「ぺぺ&カルメン」あたりのCDを主体として、その中に「ド演歌ブルース」などを 入れてるところが多いようです。
それに対し、「技術的な興味を開拓・・・のパーティ」では、輸入盤のCD(競技会や発表会で 使うもの)のうち、有名なものを惜しみなくガンガン掛けてます。

世界の一流プロの踊りと、高齢者の社交の踊りは、当然違います(もし同じだったプロなんて存在しない) から、それに使う「踊りやすいダンス音楽」の考え方も違って当然なんです。

営利目的のダンスホールにおいては、入場者数が最大になるような曲選びをするはずです。 当然、たくさんいる年齢層にあわせて、曲選びをするだろうと思います。

同じ一つのフロアーでパーティを開催する場合においても、主催者(あるいは主催サークル)の 個性と、ダンス音楽の種類や曲配分によって、ダンスパーティの方向性を持たせることは可能で す。

あとは、「それを必要としている人が、どれだけいるか?」ということ。 必要としている人がいなければ、そのパーティは、思いっきりコケますね。

 
 ■ 「技術的な興味を開拓・・・のパーティ」が無かった理由は?

「技術的な興味を開拓・・・のパーティ」は成功するのか?
そのまえに、なぜ、今までそんなのが無かったのか?
さらにさかのぼって、なぜ、ルンバのカウントを取れない男性が多いのか?

根本的に考えて、ルンバのカウントを取れる男性が2割3割程度しかいなければ、 「技術的な興味を開拓・・・のパーティ」など、成功するはずがないんです。

なんらかの原因で、男性が極度に不足する事態が発生したのかもしれない。 結果として、人数あわせのために、ルンバのカウントを取れない男性を、どんどん歓迎した結果、 間違ったカウントの踊り方が、定着してしまったのかもしれない。

これじゃ、上手な人は来るはずがない。「技術的な興味を開拓・・・のパーティ」など成立しない。

 
 ■ 「技術的な興味を開拓・・・のパーティ」は成功するのか

今現在、ルンバのカウントを取れる男性は、どれくらいいるのか? 「技術的な興味を開拓・・・のパーティ」が成功するかどうかのカギを握ってるといって間違いないはず。

競技でクラスを持ってる男性(持っていた男性)は、ルンバのカウントを取れるはず。 カウントが取れないカップルは、絶対に昇級できないのだから、当然と言えば当然。 元競技選手(競技OB)も同様。

若手は、少なからず競技スタイルを、視野に入れてますし、常に上手になることを意識している。 だから、ルンバのカウントは取れる(取れない人も、取れるように、最大限の努力する)

「技術的な興味を開拓・・・のパーティ」においては、ルンバのカウントを取れない男性は、 誰からも相手にされない。 みんな、これが上達するための基礎の基礎だと思ってるから。

で、そんな条件を付けたら、男性がいなくなるんじゃないか? と思う人がいるかもしれない。 実際は、そんなことはない。ちゃんと存在していますし、正規のカウントで踊れる男性は 決して少なくないはずです。

某県の某ホールの生演奏では、100%(つまり全員)の男性が、正規のカウントでルンバを 踊っていた。 某県の某パーティや某府の某パーティでも同様。

現役の競技選手、競技選手OB、そして若手を中心とした、ダンスが上手になりたい人たち が集まれば、ほとんどの人がルンバのカウントを正しく踊るはずです。 当然、正規のカウントで踊ると楽しいですし、練習にもなるはずです。

これから、競技を引退される人たちも増えて来ると思われます。 若い人たちを応援してくださる人たちも増えてくると思われます。

正しいルンバのカウントで踊る(ことを心がける)パーティ。 そのあたりから人が集まって 始まってくると思います。

 
 ■ 「技術的な興味を開拓・・・のパーティ」に求めるモノ

「技術的な興味を開拓・・・のパーティ」に求めるモノ。

なにより、競技会と同じ会場、もしくはそれと同等の広さの場所で踊れるということ。

これが無ければ、広い場所で踊る競技選手と、広い場所で踊れない非競技ダンサーとの差が、 どんどん開いていくはずです。

「ダンサーの数が有限である」ことを考えれば、基礎を取得して、そこだけ上手になったと して、5年間ダンスをやって5年間で一度も広い場所で踊ったことのないダンサーが、その 実力を発揮できるでしょうか? わたしは無理だと思います。

今の日本の社交ダンス(少なくとも、若い人が習っているモノ)が、英国の競技ダンスを主体 としている以上、競技選手と広い場所で踊って、その感覚を覚えることは、重要なことだと 思います。

「競技をやらない人が広い場所に出ると、無理矢理ドカドカ走り出すから、ダンスが荒くなる。 だから狭い場所だけで踊っていれば、それで良いのだ」ということは、無いと思います。 広々として、遠くに壁が見えるからこそ、それなりのフットワークが出来て来るのではないか という気がします。

競技選手は、広い場所で踊ることを経験しています。 競技やってない人は、広い場所を経験 していません。広い場所で踊ることを経験することも出来ません。 これでいいのでしょうか?

もしかしたら、ダンスを教える指導者の方々が「競技やらない人は、狭い場所で踊ってりゃいいんだ! そのほうが上達するのだ」 と考えているから、広い場所でのパーティは開催されない無いのでしょうか? それとも、他に、広い場所でパーティを開けない理由があるのでしょうか?
不特定多数の生徒同士を踊らせること(正規のレッスンを、何年も受けている人同士であっても)は、 ダンスの上達を妨げるものであって、悪いことなのでしょうか?

いろいろな考え方があっていいと思うけど、なんだか、ふにおちない部分があります。

これからのダンス(特に若い人たちにとっては)は、競技やる/やらないに限らず、競技を意識した ダンスだけしか残らないと思う。 たぶん、そう思ってる人は多いはず。

ならば、現役競技選手。競技選手OB、そして若い人たちが、一緒になって、競技会場なみの広い 場所で、競技につかう曲を使って、パーティをやればいいと思う。 やらなければ、競技やってない 人が置いて行かれる。 他県のパーティに参加して、いつもそんなことを考えて帰ってくる。。


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