わたしは、金沢の図書館(玉川・泉野・県立)においてあるダンスの本には、一通り目を通してます。
ダンス愛好者が多いのか、金沢の図書館のダンス関連の蔵書はかなり充実しています(詳しくは、金沢近郊の情報のページを参照)。
で、そのたくさんある本の中から、おもしろい一冊の本を見付けました。その本にはこんな文章が載っていました。
出だしの部分、3ページから始まる「社交ダンスが生まれるまで」の中からの引用です。
欧羅巴では、みんなが踊るためのダンス会を「ボール」と呼んでいます。このダンス会を開くため
の常設の広い室を「ボールルーム」と言います。そしてボールルーム・ダンスというのは「舞踏会
場用ダンス」で、参加者達がみんな自分達も一緒になって踊ることのできるダンスを言います。日
本では簡単に「社交ダンス」と言っています。
英国のボールルームダンスは、自分自身が会衆にまじって共に踊り楽しむ意味では「ソーシァ
ル・ダンス」即ち社交ダンスではありますが、然し社交が第一の目的ではなく、ステップの技術的
な興味を開拓する方向へ進歩して行ったために、多分にスポーツとしての性格を帯びて来ています。
これは英国ではボールルーム・ダンス競技会が早くから発達して強い影響をもたらしたものです。
これに比べると巴里の社交場のダンスは、ステップの複雑さよりは平凡なステップの・・・(略)
個人的に、妙に納得しました、というより共感させられました。
これを読んだ瞬間「おぉこれだこれだ! こういうダンスパーティを求めている人は、たくさんいるぞ!!」と。
会衆と共に自分自身が踊り楽しむものでありながら社交を第一目標としていないダンス。
しかも、競技会の影響を強く受けているが、競技会そのものじゃない。
技術的な趣味の開拓を楽しむ。
個人的には、開拓というより、技術を得てスジの通った踊りの爽快さを体感しそれを楽しむって感じなのかなと思ったりする。
(そして、それは、決して難しいものじゃなくて、踊りそのものに興味を持てば、誰でも楽しめるものだろうと)
この本のこの記載は、まさに「これからのダンスパーティ」の一つのあり方を示唆しているような気がしました。