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山象流コラム/これからのダンスパーティを考える
ダンスパーティの存在価値
更新
2003/04/28
 

このコーナーは完結していないので、あとで少し軌道修正することになると思います。 それと、あまりに文章がギコチナイので「修正ヲ要スル」扱い。 下書きだと思ってください。

 
 ■ 最悪 な ダンス環境 の 構図

      満足に踊る場所がある人たち            蚊帳の外にいる人たち
        (ダンス生活を満喫)             (満足に踊れない)
       ______________                  ____________
      /              \        /            \
     /  競技会で勝ち抜くことが目標 \      | 高い技術を取得しながら |
    /  (競技会をめざして練習する)  \     | 左の3つに属しない人たち|
   /         ↑            \    |  (下の例を参照)   |
  /          ↑            \    \____________/ 
 / 発表会やメダル   ↑   健康維持や社交を  \
| で、先生を相手 ←←▲→→ 主目的にして、    |  
| に綺麗に踊る        楽しく踊るために   |   この枠の中にいる間は楽しい
| ことが最終目標       ダンスを続ける。   |   が、この枠から脱出できない
 \________________________/     ____________
                                                        /            \
    「▲」の部分には、なにも存在しない。           | 自分に限られた予算内で、|
    言ってみれば、「魔のトライアングル」            | 出来るだけ上達しようと |
    もしくは「暗黒のブラックホール」が適切か。      | 団体レッスンで習う人たち|
    「▲」に入り込まないように、3つのどれかの       \____________/   
    目標に向かって、ひたすら進み続けるしかない。

 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

    制約があって、蚊帳の外にいる(満足に踊りたい)人たちのパターン

・教室で習った正しい踊りを、最大限に活用したい  ・競技並みの踊りをしたいが相手がいない
・いろんな人と踊りながら、技術を向上させたい   ・特定の異性との集中した練習は避けたい。
・競技会向けに集中して練習するだけの時間がない  ・高価な出費は避け、安い費用で上達したい
・競技会で目立つとマズい。家族の了承が得られない ・その他


社交ダンスにおいての、最悪パターンの構図を描いてみました。

左側の「ダンス生活を満喫」の枠にいる人たちは、それぞれの目的に向かって充実したダンス ライフをおくられているものと思われます。 別な言い方をするとこうなる。「ダンス生活を満喫しようとするならば、左側のどれかに向かって進み続ける必要がある」 と。

で、この構図の問題点は、2つあります。

1つめは、「左の枠に属さないダンサーは多い」という点。
仕事を持っている社会人に限って言うならば(生涯スポーツとしての高齢者サークルを除くという意味)、 これらの層の人たちは、いろんな制約があって、満足な活動が出来ないことも多く(予定なんて、数日前に ならないとわからないことが多い)、むしろダンス人口の中では、左の枠のどれにも属さない人の方が多い と思われること。

そして2つめ。左の枠内においても、「▲」の部分は存在せず、ひたすら、枠内の3つのどれかに向かって 進み続けなければならないということ。 競技をやり始めると、辞めるわけにはいかない。 発表会向けの練習を始めたら、辞めるわけにはいかない。 ひたすら進み続けるのみ。 練習を重ねれば重ねるほど、上手になればなるほど引き返せなくなる。 振り返ってみたところで、そこには 居場所など存在しない。


そして、なにより最悪な点。

ダンスを習う人が、どれだけ練習を重ねて上手になったとしても、真剣に踊る場所がなければ、 「自分の踊りを認めて貰うことが出来ない」ということ。

ダンスの練習の成果を認めてもらう方法は、ともかくダンスを踊ること。 ともかく、ダンスを踊って、相手の人に認めて貰うこと。 それが出来なければ、なんのためにダンスを習うのか、目的を失ってしまう。 これが一番危険である。

競技会が頻繁におこなわれ、本当に上手な踊りを見ようと思えば、いくらでも身近に見ることが出来る。 そんな時代になってきた。ありがたい時代である。
しかし、これは同時に、「自分の踊りを他人に見せて、その技術を評価してもらう」ということが、 きわめて難しくなってきていることを意味する。 見る人の目は、どんどん肥えてきているからである。

競技会の素晴らしいプロ選手の踊りを身近で見られる昨今、「中途半端な踊りであっても、それをみて 感動してくれる人たち」というのは、いったいどういう人たちなのだろう。

やはり「ダンスは、自分が踊って楽しむモノ」。 これが基本なのではないだろうか。


P.S.

社会人の男性が少ない原因は、「忙しさ」のように思われているが、実際には、それだけではないはず。

「1年に1曲、おばさん先生と踊る、それが夢である。そのためには毎年何十万円〜百数十万もの費用は惜しくない」 なんてことを考える男性(それだけの価値があると感じる男性)は、きわめて少数であろうということ。 じゃぁ、競技に出れば? ってことになるのですが、ある程度勝ち抜く見込み(というより自信)がなければ、 練習時間や費用の投資ができない。 勝ち進める見込みがなければ、競技なんかやらない方が良い。

ダンスの練習時間を1時間800円(高校生のアルバイトの時給で換算、働き盛りの成人男性はもう少し高く評価し てもいいかな)と計算し、レッスン費用を加算すると、ダンスへの投資額(換算)は、それなりの金額になる。

それだけの投資額(換算)を回収できるかどうか。この判断と、ダンス人口とは、密接な関係を持つはずである。 時間とお金を掛けて習った(投資)としても、満足に踊る(利益)ことができなければ、投資額を減らす(無理して習おうとは思わない)。 逆に、満足に踊る(利益)ことができれば、より一層、時間とお金を掛けて習おうとする(追加投資)。

役に立たないものは安くても買わない。 役に立つものは高くても買う。 それと同じだと思うがどうだろうか。


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