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ともかく、トップの人たちには、今おかれている社交ダンスの現状を、今一度考え直して欲しい!!
10年前とか20年前の理想論じゃなくて・・・ね。
1990年台のダンス全盛期は、経験豊かな競技選手(少数)と、ダンス歴の浅い公民館ダンス(多数)であった。 この時代は「みんなで平等に踊って、みんなで平等に上手になりましょう!」という目標を立てていれば良かった。
現在は違う、公民館ダンスの人たちのダンス歴が10年とか15年とか、そんなオーダーになってきている。1990年台に始めた公民館ダンス初心者が、ずっとダンスを続けている。
「ダンスをやる人は、みんな平等に踊りましょう!」という教えの元に10年踊りつづけている。
一方、競技選手は、この間、血のにじむような努力と練習を続けてきてる。
人と人とがぶつかり合う中で、厳しい練習をすればするほど、「他人には優しく接することができる」。厳しい練習を10年20年と続けていれば、「どうすれば上手になるか」もわかってくるし、ダンスを辞める前に「若い人に、知ってることを伝えたい」という愛情みたいものも芽生えてくるはず。
ダンスパーティには、「ダンスはみんな平等に踊りましょう」という教えの元に10年踊り続けた人も来れば、「今まで自分が習ってきたことを、若手に伝えるぞ!」という心構えの元競技選手も来ます。
どちらも、ダンス歴10年のベテランです。 ふたりの考え方は、まるっきり違います。
そこに、初心者の女性が入ってきます。 初心者の女性は「たくさん踊って上手になりたい」と考えます。
この初心者の女性に対して、ふたりのダンス歴10年のベテランが、どういう行動をとろうとするでしょうか??この初心者の女性は、どちらの男性(どちらも、ダンス歴10年)と踊るのが好ましいでしょうか?
じゃぁ、パーティの主催者は、この初心者に対して、どういうアドバイスを与えればいいのでしょうか?
ふたりの男性(どちらもダンス歴10年)に、平等に踊りなさい とアドバイスすればよいのでしょうか?
実際に現場に立ってるわたしは、平等に踊れとは言わない。
それが、なぜなら誰にとってもプラスにならないことをわかっているから。
人間だれでも、子孫繁栄の本能みたいなものを持ってるはず。
でも、「みんな平等」みたいな教えで10年以上も踊り続けていると、子孫繁栄的な感覚が薄れてきて、身内同士での仲間意識みたいなものだけが強くなるような気がします。
新しい人を仲間に入れて面倒なことに巻き込まれるよりも、長年つきあって来た人同士で楽しくやりましょう!みたいな風潮が、どんどんと強くなってくる。
仲間内で楽しくやるのはいいけれど、新しい人(若手の社会人)が、入ってこれなくなっちゃうんですね。
「みんな平等」ではあるけれど、「老いも若きも平等」なんて世界はあり得ない。
みんな平等というのは、初心者が多いとき、新しい人がどんどん入ってくる時は、とても有効な指導方法である。 新しい人が激減して、ほとんどの人がダンス歴10年を超えているような集団の中で「みんな平等」と言う言葉をいくら言ってみてたところで、そこからの将来なんてものは生まれないはず。
さらにいうならば、「みんな平等」というかけ声が、競技ダンスその他との差別化を加速させ、底辺層のダンスを、どんどんと魅力の無い、面白くないモノにしてます。
ダンス歴10年を超えた人が声をそろえて、「みんな平等、みんな平等」そんなことを言えば言うほど、新しい人は逃げていきます・・・・。 ダンス界はどんどん、廃れていきます。 ダンス界の逆ピラミッド構造が、どんどん加速していきます。
これが10年間の変化であり、ダンスのトップの人たちの不理解による、大きなミスリード(社交ダンス全体の大損失)だといっていいかと思います。
トップに立つ人たちは、時代の大きな変化を把握し、それに対応して、柔軟かつ敏速に行動する必要があります。
トップに立つ人たちが、現状把握を放棄して、10年も20年も前の「新人がどんどん増える時期における理想論」ばかりを、ひたすら追い求めていたならば、不利益を受けるのは、トップの人たちを信じて、ダンスを学んでいる人たちです。
本来、新しい人を育てながら、将来のダンス界を伸ばしていかなければならないにもかかわらず、トップ連中が不不理解・部勉強なために、本来、育てなければならない人たち(一生懸命にダンスを学んでいる人たち)に最大の不利益が生じるのだとしたら、それは非常にマズいことです。
現状においての「みんな平等」という教えは、ダンス歴10年20年の人たちの「既得権益」にしかなっていない。 つまり、公民館ダンス全盛期の人たちの既得権益を守るためための言葉が「みんな平等
」になってしまっているということ。
少なくとも、現場サイドは「みんな平等」ではやっていけないことに、気づいてるんじゃないかな。
気づかないのはトップの人たち・・・と。
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