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最近、ダンスやってて一番違和感を感じるのは、「モノを習う」ということに対する疑問です。
なぜ、学校へいくのか?というと、「将来、実社会に出たときのため」ですよね。
「実社会」というものがあって、その「実社会」で生きていくために、子供のうちに勉強する。
「実社会」があるから、学ぶ・あるいは習う。
ダンスにおいても、(どこかで)上手に踊るために、習うというのが自然だったりする。
上手になれば上手になったほど、他人から良い評価が得られるわけで、自分も気持ちがいい。
なので結果的に、死ぬまで教室で習い続けてた人がいたとしても、それは「教室に骨を埋める」ために習っているのではなく、「実社会(ダンスをやる人たちの集団)で生きていくために、結果的に死ぬまで習い続けることになった」ということになる。
ダンスにおける実社会・・・・・
今の、ダンス環境は、「実社会」なんて存在しなくなってるような気がする。
ひたすら「習う」だけが目的であり、本来の「実社会(踊る場所)」というものが、あまりにも軽視されているような気がしてならない。
教室、あるいは先生をトップとする「隔離された小さな集団」が形成され、その中で生きていく人たちだけが大事にされる。。。。そんな風になっていくような気がする。
ダンスに興味を持つ人は多いはず。でも、そういう小さな集団になじめない人、あるいは「習うために習う」だけのダンスになじめない人は、ダンスを辞めるしかないのであれば、若手のダンス人口はどんどん減っていく。 誰もが予想できる当然の結果だろうと思う。
最近は、パーティにせよダンスホールにせよ、年齢層が高くなってる。
なので、わたしの同年代の人たちは、初心者のうちから競技会に出るとか出ないとか、そんな話になる。
「競技でないの?」とか聞かれることがよくあるけど、「ゴタゴタに巻き込まれるの嫌だから、アマチュア競技には絶対に出ない」と答えてます。 女性の人には「相手見つけて、さっさと競技出れば?」って感じの応対してます。
「ただただ習うために習うためのダンス」という方向に進みつつある今、競技への参加を否定つづけて、
わたし自身、いったいどんな将来があるんだろう・・・とか思ったりする。
パーティ主催者という名目の「会場の駐車場係」としての生き方があるか。。。。。
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